スピリチュアルに多文化

民族主義の毒に染まらないためにも

日本へのインバウンド旅行客が増え、観光客でどこも満員になってしまって観光や食事が楽しめない、といった苦情がネットなどに散見されるこの頃。先日は京都の有名神社で外国人観光客の不適切な行動を止めないガイドの動画があげられました。さらにはその動画を撮った日本女性を逆に差別主義者と批判する人も現れる始末。同様な日本の神社への不敬行為なども近年増えてきて、外国人は日本に来るな、といった感情的かつ差別的な発言も増える一方に感じます。このような世論には政治的問題その他も多く絡まり、このブログだけで結論をつけることはとてもできません。今回は私自身の経験からの意見を述べたいと思います。

自分が見知ってきた世界とは異質な世界、異質な価値観。そうしたものを一方的に非難し、排斥する人々がいる一方で、未知の世界へ飛び込み、より広い地平線を求めて進んでいく人々もいます。そんな大きな問題を、このちっぽけなブログで公平に扱うこと自体が不可能ですし、今回はそこまで踏み込むつもりはありません。とはいえ、日本に生まれた生粋の「平たい顔族」である私が西洋神秘学にどっぷり使っているのですから、私は完全に後者の人間として生きてきましたし、その視点で物事を考えています。ですから、政治的な意味では、完全に人種と性別での差別反対、全ての人間は法のもとに平等であるというスタンスをとっているのは、もう皆さんもご存知だと思います。

しかし、いざここにスピリチュアルな面が絡んでくると、そう簡単に言い切れない部分もでてきます。実際、この道に足を踏み入れたばかりの頃は、日本人ならば神道や仏教を選ぶべきではないのか、といった罪悪感めいた気持ちがいつも心の底にありましたし。そんな罪悪感を打ち消し、スピリチュアルな意味も含めて様々な壁を取っ払ってくれたのは、一重にこの世界で最初に出会った先輩たちでした。この件については『魔女が教える幸せ魔法』でもすでに言及していますので、そこでの名前である「ディアドラ」を使ってお話ししていきます。まず、私が最初に問い合わせの手紙を出したマリアン・グリーン女史自身が、全ての面においてオープンなグループを作り上げていたのが重要でしょう。彼女は人種や国籍で門戸を閉ざすことはせず、誰をも平等に受け入れていたのです。

そんなグリーン女史から紹介されたディアドラのグループではありましたが、それでもいざ招待されたときは、日本人なのにどうして魔女になりたいの?などと非難されることを想定して、頭の中でああでもないこうでもないと理由を組み立てながら、ビクビクして出かけました。でも空港まで出迎えてくれた彼女たちに恐る恐る「日本人の私がここにきてもよかったのでしょうか?」と尋ねると、ディアドラは大きく両腕を広げて「 We are multicultured! 」と笑い飛ばしてくれたのです。そう、そのグループには様々な人種と民族が混在していました。六人ほどのメンバーの中、同じ国から来た人はいないほどに。もちろん、文化も、習慣も、バックグラウンドになっている宗教もバラバラでした。

多文化での生活

思い返せば、私がそのグループと共に行動して、肌で感じ、学べた一番のことは多様な文化を尊重し合う彼らの姿勢と手法だったかもしれません。もちろん、西洋神秘伝統という共通の目標はありましたが、ヴィーガンもいれば、豚肉を食べられない人もいる、お酒を飲まない人、カフェインを避ける人などなど。それでも皆でわいわいと料理をしたり、色々と譲歩しながらレストランを選んだりして、いつも笑顔で楽しく会食していました。シャワーだけで済ます人もいれば、お風呂に浸からないとダメ、という人もいました。その他、本当に数えきれないほどの大小の相違点がありましたが、共に行動するときは、本当にスムーズに動いていくのです。すごいですね、と私がびっくりしていると、お互いに話し合えば良いだけのことだから、とサラリと受け流されてしまいましたっけ。

ここまでならば、精神的に成熟した大人同士の関係、で済んでしまうかもしれません。でも最近よく思い出すのが、彼らたち以外の「聖地」や「慣習」への関わり方です。当時、私が招かれたのはアジアの小国。つまりグループのメンバーはその土地での「外国人」でした。そして彼らが西洋神秘伝統以外に共通の基盤として実践していたのが、その土地への敬意と、他者の聖域に土足で踏み込まないという姿勢。これが霊的な多文化共生のスタイルとして、今でも私が参考にしている姿勢なのです。

自分たちが暮らす土地への敬意、は、まずその土地の法律や慣習を無視せずに守り、尊重する姿勢でした。もう半世紀近くも前ですから、欧米人の彼らからすれば納得のいかない法律や慣習も結構あったわけですが、決してそれらを見下すことはなく暮らしていました。現地の活動にも、無遠慮に入り込んでいったわけではありません。中華圏の文化が強かった土地でしたので、近所にはお年寄りの太極拳クラブがありました。そこに入りたかったメンバーは、まず、公園で太極拳を行っている人たちに「見学させてもらって良いですか」と頼み、しばらく静かに交流して「あなたもやってみませんか」と誘われてから初めて、参加したそうです。彼女が「長い年月を静かに重ねてきた人たちにいきなり『入れて!』なんて言えないわ。向こうも断るに断れないだろうしね」と話していたのが印象的でした。

他者の聖域に土足で踏み込まないこと。それだけ聞けば当然でしょ、と感じるかもしれません。でも皆さんも外国旅行でその土地の教会や遺跡に行って、観光地なんだから、と遠慮なくズカズカと踏み込んでいった経験はありませんか?ディアドラたちは、散歩などで見かける寺院や宗教施設に無断で入り込むことは一切ありませんでした。たとえ一般に門戸が開かれている施設であっても、外から眺め、黙礼するだけで通り過ぎるのです。以前に訪れたことがあるのか、あるいは西洋以外の宗教には興味がないのか、と尋ねると「いや、詳しい現地の友人と一緒ではないと、入らないんだよ。気をつけていても、何らかのタブーを犯してしまう危険があるからね。君もこれから、他の国へ行ったときは気をつけたほうがいいよ」という回答が。

まずは自分から

正直、若かった私は、ふーんそんなものか、せっかくの機会なのに中に入れないのか、とちょっとがっかりしていました。でも今になれば、その行動の意味が痛いほど理解できます。いや、最近の様々な騒動の原因は、そうした配慮ができない人が増えているから悪いんだ、問題はそっちにあって私たち側にはない!と叫びたい人が多いかもしれません。でもこんな時代だからこそ、精神世界の学徒は襟を正して規範を示すしか方法もないのではないでしょうか。ましてや、外国人は日本に来るな、なんて時代錯誤も甚だしいでしょう。今の世界では、他国との交流を断つことなど不可能です。

私たちはもう、棍棒を片手に洞穴から最初の一歩を踏み出したネアンデルタール人ではありません。異質なものへの大騒ぎは卒業しませんか。ましてや、我々は精神世界の学徒なのです。人と繋がりお互いに成長することに背を向ければ、自分のバブルに閉じこもる単なる好事家へと堕落していくだけ。スピリチュアルな世界を、自分に心地よいだけの幻想の世界へと貶めることのないように、恐れずに様々な文化や思想を取り入れていきましょう。そしてそんなチャンスに恵まれたならば、あくまでも私が知りたいから知る権利がある、学ぶ権利がある!とばかりに横暴に振る舞わず、敬意を持って、穏やかに交流していく。そんな大人の行動ができるように心がけたいものです。

著者について

ヘイズ中村は子供の頃から神秘の世界に魅せられ、長じて占い師、魔術研究家になりました。とくにトート・タロットに惹かれて『決定版・トート・タロット入門』も執筆しました。隙間時間には下手の横好きなレース編みをしたり、異次元に想いを馳せられるSF映画など楽しんだりしています。

ヘイズ中村は下記のサイトでも活躍しています。ご意見や質問などお待ちしております!