日本の夏とエレウシス

夏は麦茶

今年の夏は予想外のオホーツク性高気圧のおかげで、箱根以東は昭和の夏を思わせる気温が続いています。そのせいか、何気ない日常の中でふと子供時代を思い出すことが多いような気が。そしてその夏の思い出の中で大きな位置を占めるのが、祖母がヤカンで煮ては用意してくれていた麦茶の味です。でも今では多くの家庭が出来上がった麦茶を買ってくるか、我が家のようにティーバッグを使っていることが多いでしょうね。さて、そんな麦茶はどんなお茶として分類されるのでしょうか。夏の昼下がりに気になって調べてみました。ここから先は私の妄想混じりの話ですので、話半分で楽しんでください。

ことの発端はあるランチタイム。目の前に置かれた麦茶のグラスを見ながら、ふと麦茶ってお茶の仲間なのかな、それともハーブティーに分類されるのかな、と家人に呟いたことでした。彼はすぐに調べ始めて、一般的にお茶とされるものは私たちが知っている茶の木の葉を使用しているものだけを差し、それ以外は全部ハーブティーに入るという情報を見つけてくれました。おお、そうなるとゴクゴク飲んでいる麦茶もハーブティーの仲間。なんとなく上品な感じがしてきます。

そしてそこから、ハーブティーはフランス語では tisane と呼ばれることもわかりました。面白いのはここからです。もともとこの tisane という言葉は、ギリシア語でプティサーネー ptisane と呼ばれた大麦を煎じた飲み物からきているそうな。この大麦煎湯は、かの医聖ヒポクラテスが発疹の患者に飲用させて排尿量を増やすために処方したものだったというのですから、凄いではありませんか。我らが何気なく飲んでいる麦茶は、ハーブティーの語源であり、しかもヒポクラテスの治療薬でもあったなんて。ちょうどアトピー湿疹が出ていた私は、厳粛な気持ちでもう一杯、麦茶を飲み干したのでした。

キュケイオン

さて、このブログの読者の方々ならば古代ギリシアで麦を煮出した飲み物となると、他にも思い出すものがあるのではないでしょうか。そう、キュケイオンです。大地母神デメテールがハデスに攫われたペルセポネーを探して放浪していたときに人間たちに伝えた、というエピソードもある飲み物です。

大麦を水で煮て香りづけにペニーローヤルミントを少量加えたこの飲み物は、農民に好んで飲まれていたことがわかっています。それより我らオカルト勢にとって見逃せないのは、なんといってもエレウシスの秘儀で重要な役割を担っていたことでしょう。

エレウシスの秘儀とは

クロウリーやメイザースが復活を目指し、各々が自分なりのエレウシスの秘儀を作ったことは有名です。本来の秘儀の内容は厳重に守られ、公開されることはありませんでした。密儀の内容を漏洩した者は処罰されたという記録もあります。しかし、遺跡からは、儀式の最初の段階を描いた絵画や陶器の破片が多く出土していますし、かのソクラテスも言及している記録があります。

秘儀は約半年間もかけて行われ、小密儀と大密儀に分けられています。小密儀は入信資格を得るための儀式で、大密儀は本格的な儀式でした。大密儀は、聖具の運搬、浄めの儀式、犠牲の捧げ物、聖なる道での行進、テレステリオンでの儀礼など、様々な段階から構成されていました。そして、その儀式のクライマックスで神聖な断食を解くために用いられたのが、このキュケイオンだったのです。

ここで用いられたキュケイオンは、通常の作り方とは異なる特殊な方法で発酵させられており、麦角菌由来のアルカロイドが含まれていて、幻覚作用があったとする説があります。そしてこの幻覚作用がエレウシスの秘儀をより神秘的なものとしていたのだとか。しかし、この説には異論もあり、確証は得られていません。

とはいえ、あぢぃあぢぃと言いながら無造作に喉に流し込んでいた麦茶が、遠い時間と距離を隔てて、あのエレウシスの秘儀と繋がっていくというのは、ロマンを感じませんか。単にがぶ飲みするのではなく、ときにはそんな空想を広げながらじっくりと味わうのも楽しいものだと思います。

著者について

ヘイズ中村は子供の頃から神秘の世界に魅せられ、長じて占い師、魔術研究家になりました。とくにトート・タロットに惹かれて『決定版・トート・タロット入門』も執筆しました。隙間時間には下手の横好きなレース編みをしたり、異次元に想いを馳せられるSF映画など楽しんだりしています。

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